束論の勉強1:束の2通りの定義とそれらの同値性
論理学方面の関心から束論について勉強したいと思うようになったので,このシリーズでまとめます.束は代数構造の一種で,論理の意味論を組むときに出てくるブール代数やハイティング代数などの代数構造は束として表されます.束について理解すると論理学の理解も深まると思われます.
束には順序構造としての定義と,代数構造としての定義があります.これらを順番に見ていって,あとでそれらの定義の同値性を確認します.まずは順序構造の方からです.
集合上の2項関係が上の半順序(partial order)であるとは,それが反射的・推移的・反対称的であることです.すなわち,任意のに対して,
- ,
- ,
が成り立つことをいいます(ここで""の前件に現れるカンマは「かつ」を表します.はてなブログの数式ではアンパサンドがうまく使えないので,今後もこのような書き方をします).半順序が定義された集合の部分集合に対して,の下限とは,の任意の元についてとなるようなものの中で最大のものをいいます.同様に,の上限とは,の任意の元についてとなるようなものの中で最小のものです.
半順序構造の部分集合に対して,の下限をそのmeet(交わり)と呼び,の上限をそのjoin(結び)といいます.のmeetをと書き,joinをと書きます.特に,をと書き,をと書きます.
半順序構造が束(lattice)であるとは,の任意の有限部分集合がmeetとjoinをもつことをいいます.が束である場合,はの有限部分集合なので,,が存在し,それぞれ,と表されます.はの最小元,はの最大元です(は〈空集合のどの要素についてもそれ以上であり,かつ,そのようなものの中で最小のの要素〉ですが,この連言肢のひとつ目の条件は空虚に満たされるので(の任意の要素がそれを満たすので),要ははの最小の要素ということになります.についても同様の議論ができ,はの最大元となります).ここでとは上の2項演算となります.ここまでが順序構造としての束の定義です.
次に,代数構造としての束の定義に入ります.を集合とし,とを上の2項演算,とをの要素とします.構造が束であるとは,演算とが可換的かつ結合的で,吸収律をみたし,とがそれぞれ,両演算に関して双対的な零元と単位元となることです.すなわち,任意のに対して,
および,上の5つの式のと,とを一気に入れ換えたものが成り立つことです.
最後に,ふたつの定義の同値性を確認します.まず,順序構造としての束が,演算とに関して,代数構造としての束をなすことを見ましょう.まず,これらの演算は明らかに可換的です.次に,とすると,かつであり,かつ,そのようなものの中では最大です.ここでなので(の推移性から),です(以下かつ以下なので,大きくてもの下限以下).ここで,かつなるがより真に大きいとします.このとき,は以下(上と同じ論法)かつ以下であるのにより真に大きいことになり,これはのもとの最大性に反します.したがって,は以下かつ以下なるものの中でも最大のものであり,したがってに等しいです(ここで「が以下」などの表現は単にを意味し,「がより真に大きい」とはかつであることをいいます.がの最大元であることと任意のに対してまたはとなることの同値性を示すのにの反射性を,に対してかつとなることがのにおける最大性と矛盾することを示すのにの反対称性を暗に用いています).最大元の一意性(これはの反対称性から出ます)から,「逆の議論」は必要ありません.に関しても同様に示せます.吸収律に関しては,(反射性)かつなので,あとはがそのようなものの中で最大のものであることを示せばよいですが,かつとすると,連言肢の前半が既にということを言っているのでこれも成り立ちます.とを入れ換えたものに関しても同様です.さらに,順序構造としての束は最小・最大元をもつので,それぞれを,とすれば,以下の元はしかなく,は任意のに対してでが最小元をもつので,零元・単位元についてもOKです.についても同様です.したがって,順序構造としての束は代数構造としての束にもなります.
逆に,代数構造としての束は,をであることとして定めると,は半順序になり,この順序のもとで束をなします.まず,で(吸収律),右辺は再び吸収律によってに等しいので,で(これを冪等律ともいいます.冪等律はについても成り立ちます),は反射的です.また,かつだとすると,なので,推移性も成り立ちます.反対称性に関しても,かつとすると,となるので成り立ちます.よって,は半順序になります.
次に,meetとjoinの存在です.に対して,は(結合的なのでこのような書き方が許されます)のどの元をとってもそれ以下になります.なぜなら,可換性を有限回使って順番を入れ替えて冪等律を使えばとなるからです.そして,はそのようなものとして最大です.実際,なるでそのようなもの考えると,で,だから,となり,これをまで続けると,となります.空集合の下限としてはをもってくればよいです().また,です.なぜなら, は可換性を有限回使ってと変形でき,したがって吸収律が適用できるからです.また,はそのようなものとして最小です.実際,なるでそのようなものを考えると,まず です.ここで,吸収律からで,これは先の式からと簡略化できます.各について,に対するこのような代入を繰り返して並び替えると,となり,これを使うととなります.空集合の上限としてはをもってくればよいです().かくして,代数構造としての束が順序構造としての束にもなることが分かりました.
以上で,ふたつの定義の同値性が示されました.ちなみに,今回の定義における束は「有界束」とも呼ばれ,最大元と最小元をもつバージョンの束ですが,最大元や最小元をもたない束を考えることもあります.その場合,順序構造としての束については「空でない任意の有限部分集合がjoinとmeetをもつ」と定義を書き換え,代数構造としての束については単位元と零元に関するルールを抜けばよいです.
次回は束の基本的な性質を確認していきます.その際には主に順序構造に関する束で考えていく予定です.